技術士とは
「学理を開発した学者には博士という称号が与えられる。これに対し,技術を産業界に応用する能力を有すると認められた技術者には技術士という称号が与えられる。」
これは元経団連会長であった故土光敏夫氏の言葉で、技術士要覧(昭和62年版)の巻頭に掲載されています。
この様に、技術士は技術分野における最高ランクの資格で、わが国の科学技術の発展に博士と技術士は車両の両輪となって寄与することが期待されています。
技術士と企業内技術士の現状
以下は、大学院在学中の私の研究報告書の冒頭一部を抜粋したものになります。
文部科学省の科学技術・学術審議会の技術士分科会(以下、「技術士分科会」と呼ぶ)(平成26年3月7日)は、技術士に求められる資質能力(コンピテンシー)について、国際エンジニアリング連合(IEA)の「専門職としての知識・能力」(プロフェッショナル・コンピテンシー、PC)を踏まえながら、以下の通り、キーワードを挙げて示している。さらに分科会は、これらのコンピテンシーは技術士であれば最低限備えるべき資質能力であり、今後、業務履行上必要な知見を深め、技術を修得し資質向上を図るように、十分な継続研さん(CPD)を行うことを求めている。[1]
専門的学識
- 技術士が専門とする技術分野(技術部門)の業務に必要な、技術部門全般にわたる専門知識及び選択科目に関する専門知識を理解し応用すること。
- 技術士の業務に必要な、我が国固有の法令等の制度及び社会・自然条件等に関する専門知識を理解し応用すること。
問題解決
- 業務遂行上直面する複合的な問題に対して、これらの内容を明確にし、調査し、これらの背景に潜在する問題発生要因や制約要因を抽出し分析すること。
- 複合的な問題に関して、相反する要求事項(必要性、機能性、技術的実現性、安全性、経済性等)、それらによって及ぼされる影響の重要度を考慮した上で、複数の選択肢を提起し、これらを踏まえた解決策を合理的に提案し、又は改善すること。
マネジメント
- 業務の計画・実行・検証・是正(変更)等の過程において、品質、コスト、納期及び生産性とリスク対応に関する要求事項、又は成果物(製品、システム、施設、プロジェクト、サービス等)に係る要求事項の特性(必要性、機能性、技術的実現性、安全性、経済性等)を満たすことを目的として、人員・設備・金銭・情報等の資源を配分すること。
評価
- 業務遂行上の各段階における結果、最終的に得られる成果やその波及効果を評価し、次段階や別の業務の改善に資すること。
コミュニケーション
- 業務履行上、口頭や文書等の方法を通じて、雇用者、上司や同僚、クライアントやユーザー等多様な関係者との間で、明確かつ効果的な意思疎通を行うこと。
- 海外における業務に携わる際は、一定の語学力による業務上必要な意思疎通に加え、現地の社会的文化的多様性を理解し関係者との間で可能な限り協調すること。
リーダーシップ
- 業務遂行にあたり、明確なデザインと現場感覚を持ち、多様な関係者の利害等を調整し取りまとめることに努めること。
- 海外における業務に携わる際は、多様な価値観や能力を有する現地関係者とともに、プロジェクト等の事業や業務の遂行に努めること。
技術者倫理
- 業務遂行にあたり、公衆の安全、健康及び福利を最優先に考慮した上で、社会、文化及び環境に対する影響を予見し、地球環境の保全等、次世代に渡る社会の持続性の確保に努め、技術士としての使命、社会的地位及び職責を自覚し、倫理的に行動すること。
- 業務履行上、関係法令等の制度が求めている事項を遵守すること。
- 業務履行上行う決定に際して、自らの業務及び責任の範囲を明確にし、これらの責任を負うこと。
このように7つの資質能力を求められている技術士だが、技術士を取り巻く状況について青年技術士交流委員会の竹内(2022)は、「技術士資格は名称独占資格であるが、一般に知名度が低いという現状がある。このため活躍のフィールドが少なく給与・所得が増えない(従って 資格価値も低い)という負のサイクルが存在する。」と述べている。[2]
技術士の資格活用については、日本技術士会の技術士資格活用委員会においても、公的活用、産業界活用、国際活用について検討がなされているが、国内において十分に活用されているとはいえない状況である。
さらに技術士の特徴として、日本技術士会の会員になることが必須ではなく、技術士登録を行っていれば技術士として活動できることが挙げられる。技術士登録と正会員数の推移は技術士全体の約20%しか日本技術士会に会員登録をしていないことがわかる。[3]
入会率が低い理由として能登(2013)は、大きな理由として「年会費が高すぎる」、「入会してもメリットがない」という2つを挙げている。[4]
確かに、他の学協会に比べ年会費が高い割に、入会することによるメリットが明確ではないという点に関しては、日本技術士会としても検討が必要である。
また近年は、中小企業診断士、社会保険労務士、ITストラテジストなどの資格が社会人にとって人気の資格となっている。技術士もこれらの資格と同様に、難易度が高い国家資格であるにも関わらず資格取得を目指す受験者、特に技術者を多くするための施策も必要である。
国家資格を有しながら、技術士は他の「士業」と比較して独立開業比率が低く全体の8.6%である。さらに、独立開業する年齢も企業で定年を迎えたのちに開業するする技術士が圧倒数を占め、若い世代で独立開業する技術士の割合はさらに少ない。このような事情もあり、「企業に勤めている」技術士の比率が高いということが特徴であると言える。
ただし建設コンサルタント業は、建設コンサルタントの登録要件として、常勤かつ専任の技術管理者を必要とし、技術管理者となるための条件として技術士資格を必要としている。そのため、技術士の扱いについて一般企業とは異なるため、ここで企業内技術士は建設コンサルト業に勤務する技術士を除き、一般企業に勤務する技術士と定義する。
企業内技術士の現状について、平成24年11月に技術士分科会の委員で当時株式会社東芝の執行役常務であった西田(2012)は、「企業として、技術士資格が役立っている部門は公的な社会インフラ系事業部門であり、その技術部門は、1電気電子部門、2上下水道部門、3機械部門等である。他方、デジタルプロダクツや家電製品等のコンシューマ系事業分野では、技術士の資格保有と製品設計等の良否の強い相関が余り感じられず、技術者における認知度も高くない。」と述べている。[5]
実際に企業内技術士に対する会社側の対応もさまざまであり、資格取得者を評価し、場合によっては奨励金制度を整備して取得を後押しする企業もあれば、あくまでも自己研鑽の延長上と捉えられ、奨励金の対象資格にならない企業も少なくない。そのような環境の中での企業内技術士の活動も多種多様であり、同一社内、もしくはグループ企業内の有志で技術士会を立ち上げ、企業内技術士同士が深く連携し、社内外に向けた積極的な活動を通じて保有資格の有効活用をはかっている事例も多くある。
その一例として、日本技術士会の登録グループである企業内技術士交流会は会員企業75社のグループとして、企業間の垣根を超えた活動を行なっている。会員企業の代表例として、日立、富士通、日本電気、川崎重工などがあり、筆者自身も以前は企業内技術士会の幹事として企業内技術士交流会へ参画し、技術士試験の受験者のフォローアップなどを実施していた。
このように企業内技術士は個人としての活発な活動を行なっているが、社内における技術士としての活動については多くの課題がある。特に社会インフラ系以外の事業部門における、技術士資格の企業内での認知度の向上や技術士資格保有者の企業内外での有効活用があげられる。
このような課題の中で、西田は分科会の中で企業における高度な技術者に期待される役割として、「倫理・公益の確保、自律かつ自立できること」を前提として、以下の7点をあげている。
1. 不断のイノベーションや先進的な研究開発を図り、ビジネス展開ができる。
2. 関係事業・業務に関わる技術力の向上と技術基盤の整備が図れる。
3. 関係する学会・協会等の活動に積極的に参画し、これらの活動をリードできる。
4. 技術力・マネジメント力等と併せ幅広い教養を身に付け、企業内のみならず、顧客・学会・協会等社会から信頼される技術者となる。
5. グローバルビジネス対応ができる。
6. IEC・ISO・ITU等の国際規格制定活動に参画し、戦略的に活動展開ができる。
7. 経営的視点を持ち、技術開発・技術展開・新規事業展開等ができる。
このように、企業内技術士としてイノベーションやグローバルビジネス、経営参画の機会を求められている。
参考文献
[1] 文部科学省 技術士分科会, 技術士に求められる資質能力(コンピテンシー), (2014)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu7/attach/1413398.htm, (参照 2022-08-14)
[2] 竹内将人, 青年技術士交流委員会での活動を通して見えてきた資格活用の道筋, IPEJ Journal, 2022, 662(2), 42-43(2022)
[3] 日本技術士会, 日本技術士会概要パンフレット, (2022)
[4] 能登繁幸, 技術士としての自覚と誇りを持て, コンサルタンツ北海道, 131, 1(2013)
[5] 文部科学省 技術士分科会, 「企業における技術者・技術士の現状・課題」と「高度な技術者に期待される役割」, (2012)